HOME>>記憶の中の旅の記>> その04 …… 大久野島(2013年02月17日)


 瀬戸内芸予諸島に大久野島という島がある。古くは日露戦争時の要塞、後に毒ガスの島、近年ではウサギの島として知られている。2013年2月17日、瀬戸内といえども寒々しいこの日、私は友人二人とその島へ出かけた。
 JR呉戦の忠海駅からなかなか風情のある船に乗船し、大久野島を目指す。忠海という地名は数年前NHKの大河ドラマに登場した平忠盛に由来する。

 

撮影機種:OLYMPUS E-3 ZUIKO DIGITAL 18mm f/8 1/80 ISO200 絞り優先AE

 

 先ほどまで曇りがちだった空だが、私たちが島に到着したとたん明るさを増した。堂々たる鉄とコンクリートの桟橋に下り立ち、日露戦争当時の遺構を目指す。むろん、ウサギにはまったく興味がなかった。初めての入島にこころをはずませながら、この島を堪能することによろこびを憶えた。

 

撮影機種:OLYMPUS E-3 ZUIKO DIGITAL 18mm f/8 1/250 ISO100 絞り優先AE

 
 しばらく歩くと、レンガ造りの遺構を見つけた。明治の頃の遺構に違いないが、これが何なのかはまったく見当がつかなかった。不勉強を恥じつつシャッターを切り、さらに歩をすすめ、あらためてこの島の重みを感じた。


撮影機種:OLYMPUS E-3 ZUIKO DIGITAL 36mm f/8 1/80 ISO500 絞り優先AE


 まさに日露戦争の遺構である。かつてこの地に兵士が駐屯し、芸予に迫りくる敵を迎撃するための要塞として成立した。誰が…何を…企図して、この戦争を始め、芸予要塞を竣工したかは別として、歴史そのものを感じざるをえない景色ではある。
「なるほど…」
 私は階段を登り、一番高いところから周囲を見渡した。


撮影機種:OLYMPUS E-3 ZUIKO DIGITAL 36mm f/8 1/80 ISO160 絞り優先AE


 1995年3月から1996年5月の環境庁による調査によって、ヒ素による土壌汚染が確認された。このことを受けて2004年から大久野島の井戸水の利用は完全に停止されている。むろん、それは毒ガスを製造する過程において起こったことである。そのため、現在休暇村大久野島が利用する水は島外から船で運ばれているという。


撮影機種:OLYMPUS E-3 ZUIKO DIGITAL 18mm f/8 1/200 ISO100 絞り優先AE


つづく

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